大谷八朔は独り言が大きい

読者は自分です

シンパサイザー/The Stmpathizer(著:ヴィエト・タン・ウェン)

シンパサイザー/The Stmpathizer(著:ヴィエト・タン・ウェン)

 

シンパサイザー、同調者。

 

北ヴェトナムのスパイとして南ヴェトナム政権に仕えるスパイが男を軸に物語は進む。

フランス宣教師とヴェトナム人のハーフとして生まれ、北ヴェトナムのスパイとして南に従事し、哀愁と悲哀が漂う後期ヴェトナム戦争からサイゴンが陥落し、スパイとして引き続き将軍と共に行動するよう指示され、難民キャンプに逃れ、アメリカにわたり、ハリウッド政策に関わりながら南ヴェトナムの将軍の反乱を北ヴェトナムの同士であり義兄弟の契りを交わしたマンに伝え、同じく義兄弟の契りをかわし、死に場所を探すボンを助けるために、ヴェトナムに侵入する作戦に参加し、捉えられ、人民員会として現れたマンにより再教育(と呼ばれる苦痛を与えない拷問)を受け、精神が乖離する中で真実を見つける。

 

彼が見つけた真実は本書を読み通さないと字面だけではその心に触れることが全く叶わないので省略。

 

ストーリーは人民員会に告白する手紙を書く独房と、過去の告白の手紙を行き来する形で進行される。

手紙を書いているシチュエーションが分からず、その過程を手紙を通して向かっていくスリル、そしてそこに告白の手紙が現代に追いつき、そこから再教育を受ける描写のリアルさ。

再教育の描写をここまで細かく、迫真に満ちたものに出来る、ここに著者であるヴィエト・タン・ウェンの本質を見ることが出来る。

筆者はヴェトナムのボートピープルではあるが脱出時は幼かったので再教育を受ける機会もなかっただろう。

それを想像で補ったとするのであれば非常に卓越した想像力と、綿密な調査能力が必要だ。

ときに最近共産主義から崩壊する時代をテーマにした本ばかり読んでいて気付いたことがある。

彼らの大事にする「自己批判の精神」、これは生半可のものではなく、訓練と呼んでもよいレベルで全人民に繰り返し行われ刷り込まれる考え方だが、これが自己の内面を掘り下げる「再教育」の描写でも効いているのだ、おそらく。

 

ドストエフスキーが文豪と呼ばれるのはあそこまで濃密で精神を深く掘り起こした文章を書くことが出来たためであるが、それはやはり共産主義時代特有の「自己批判」による訓練の賜物であったにちがいない。

仮定し論証し、批判をし、時には引用し、自己批判を繰りかえす。

僕らからしてみたら不毛とも思える時間であるが、内面を見つめ続けて得られるものを余すことなく伝えようとする文面には文字に飢えた心が躍る。

そして僕がそれらの作家と親和性が高いのは、内面に深くおりていく、それが直接的であろうと間接的であろうと、比喩であろうと暗喩であろうと、メタファーであろうとなんだろうと、文字という球を僕の心の壁にぶつけ、跳ね返ってくる音を聞きたいからだ。